1956(昭和31)年、小さな町工場としてスタートし、世界シェア90%以上の半導体関連装置をはじめ、多種多様な製品を生み出す装置メーカーに成長したBBS金明。川原龍之介社長は、創業者の祖父、2代目の叔父、3代目の父から経営のバトンを受け継ぎ、従業員数100名以下の少数精鋭体制で、100億円の売上を実現した。
島野:川原社長とは高校の同級生。いろんなことがあった時代です(笑)。
川原:そうですね(笑)。当時はお互いが経営者になり、こうやって話し合うなんて想像もしませんでした。
畠:私は初対面になりますが、川原社長に関する記事などを読むと、よく「異色の経歴の社長」と紹介されています。そのあたりの経緯から教えていただけますか。
川原:私は学校を出た後、大工の仕事をして、金沢の繁華街で飲食店を構えて、そこからBBS金明に入社したんです。結婚を機に当時社長だった叔父に勧められて、というかたちです。
まず購買部門に配属されましたが、ボルトって何?スパナはどれ?といった状態。何せBBS金明がどんな事業をしているのかもよく分かっていませんでしたから。「茶髪のロン毛をすぐ切ってこい」から始まって、先輩にも相当厳しく扱われました。
ただわたしは負けん気が強いので、人の倍は働きました。7時に出社して、帰るのは深夜の2時、3時という日々を続けるうちに、周囲も徐々に認めてくれるようになりました。生産管理、総務・経理などを経験し、常務になった頃から経営を任されるようになりました。
畠:密度の濃い日々を過ごされましたね。職場の人と良い関係を築くためにこういうことをした、というのはありますか。
川原:入社して10年ぐらい経った頃から頻繁に社員と食事に行ったり、飲みに行ったりということをかなりしました。それで社員との距離が近くなりました。そのうち、自分の友人たちも交えて一緒に食事や飲みに行ったり、プライベートでも遊ぶようになったりと、とても距離が近くなりましたね。
島野:私も似たようなことをしてきましたが、自分が楽しんでやる姿勢が大切ですよね。仕事だと思っていると相手に見透かされてしまうし、本当の信頼関係はできない。
川原:そうなんです。その結果、社内の風通しはとてもよくなったと思います。
島野:後継者としての苦労を味わったのは畠さんも同様ですが、畠さんはどう乗り越えてきましたか?
畠:そうですね。結局のところどれだけ年数が経っても、同じ業務の範囲では社歴の長い社員との差は埋まりませんから、じゃあ違う土俵に立とうということで、私の場合はやってきましたね。
川原:そのやり方はありますね。当社の場合、父である先代社長は技術者でしたから、そうではない立ち位置で経営の舵取りをしている私も同じようなところがあります。
島野:経営のやり方とは、お父様の代からがらっと変わった?
川原:私が入社した当初は、親子ながら社内で接する機会はほぼありませんでした。こちらは平社員ですからね。父親にはよく叱られました。当時の先代は完全なトップダウンで、とにかく自分の考えを通すことが多々あり、社員は萎縮しがちでした。私はそれとは逆。社員の意見をどう汲み上げ、その力をいかに伸ばすかを考えました。私自身は技術者ではないので、会社にとってこれほど不要な人材は他にいません。その分、社員のことは100%信用しています。
畠:面白いですね、島野社長も「技術がない分、社員を100%信頼している」とよくおっしゃっています。おふたりは共通点が多い。
島野・川原:技術に関しては自分が一番信用できませんから(笑)。
島野:社員に対する気遣いというか、コミュニケーションの呼吸というものは、教えられてできるものではないし、マニュアルもありません。そんな中で、同じことを考え、実践してきた経営者がすぐそばにいるのは嬉しいですね。
畠:経営者が社員を信じる力が、組織力の向上につながっているのではないでしょうか。
川原:半導体の需要が世界的に高まったことで、当社はここ数年売上が急激に伸びています。30億円前後で推移していた売上が急に60億円、さらに翌年に100億円を超えました。コツコツやってきたことが時流に乗った、いわば運がめぐってきたわけなんですが、急増する需要に応えられたのは運ではなく、社員との間に信頼関係があったおかげだということは、声を大にして言いたいです。私からは社員に「会社で改善できることは何でもするから、なんとかこの需要に対応してほしい」とお願いし、社員は知恵を絞って難局を乗り切ってくれました。
島野:上場する機会があったと業界内で聞いたことがありますが
川原:そういうお話はいただきました。しかし私はお客様と社員の方を向いて仕事をしたいと決めています。その優先順位が株主になった場合の事を考えると、私の目標とズレが生じると感じました。また上場することによって、多くの資本と資産が入るかもしれませんが、活用も難しいですからね。
畠:上場することによって、ブランド力や資本力、安心というイメージが定着するかもしれませんが、逆に多くのハードルも発生します。今は上場していた企業がステージから降りることが多々あります。川原社長の方向性にズレが生じないためにも、その選択肢は懸命だと思います。
川原:またこの業界は利益の出る年もあれば、赤字の年もあります。企業として赤字は出してはいけないと認識していますが、残念ながら、正直に赤字の年もあったことは事実です。常に想定内の範囲で舵を切る判断が必要になります。
島野:社員90人余りの体制で売上100億円という数字は、まさに少数精鋭。「1人あたり1億円」という数字はインパクトがありますね。
川原:製造業ではあまり類を見ないかとおもいます。信頼のできる素晴らしい社員に恵まれたと思っています。
島野:今後の成長についてはいかがですか?
川原:会社をこれ以上大きくすることよりも、社員とその家族を今まで以上に豊かにすることを優先にしています。社員100人未満の規模なら目が行き届きますし、守っていけるという自信もあります。社員とその家族が幸せなら、それ以上望むことはないと思います。
畠:事業は「扇」のように広げすぎると倒れやすいものです。川原社長の地に足のついた考え方は、経営者としてすばらしいと思います。
島野:プライベートで打ち込んでいることは?
川原:釣りが大好きなんです。一級船舶免許を持っているので、船で釣りをするのが楽しみのひとつです。社長を引退した後は大好きな釣りを本業にするのが夢になっているかもしれませんね。
入社当時はほとんど交流の無かった父親ですが、今は打ち解けるというか、経営者としての苦労やその当時の気持ちも理解でき、親孝行がてら一緒に釣りに行くこともよくあります。
島野:BBS金明というと、急成長しているすごい会社というイメージがあります。でも川原社長は、プロフィールも含めて正直に、リアルに話してしてくれました。
畠:どこか達観されているところも、経営者として魅力的だと思います。社員のみなさんのモチベーションも上がらないわけはありませんね。